日本アニメの歴史~日本が発信するアニメーションの世界とは…

近年日本アニメが世界的にも注目され、クールジャパンとして日本のアニメ文化を広める働きがあります。

そこで日本アニメがどうしてここまで拡大し、どのような軌跡を辿ってきたのか、アニメの歴史についてまとめてみました。

そこには過去・現在・未来と変わりゆくアニメの歴史が刻まれているようです。

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日本におけるアニメーションの歴史

日本に初めてアニメーション映画の技術が外国から渡ってきたのは今からおよそ115年前の1896年(明治29年)でした。
1900年に日本人は初めて国産のアニメーション映画「ニッパールの変形」を制作しましたが、実際に上映されたのはその9年後、1909年でした。 その後外国のアニメーション映画に刺激を受け、日本国内の映画会社は皆一斉にアニメーション映画の制作に力をそそぎはじめます。
日本最大級の映画会社として知られる「東映株式会社」は、1956年に「東映アニメーション」(当時は「東映動画」)を発足、日本独自のアニメーション作りに力を注ぎ始め、もとは香港の会社からの持ち込みであった「白蛇伝」というアニメ映画の制作をスタートしました。

1960年代には漫画家兼アニメーターである手塚治虫氏が「虫プロダクション」を設立し、日本では初となる連続テレビアニメシリーズとなる「鉄腕アトム」を始めとした日本海外問わず「アニメの歴史」に名を残す名作を数々生み出しました。

同時期に、当時高校生だった宮崎駿氏は、前述した東映アニメーション制作の「白蛇伝」に感銘を受け、アニメーターへの道を志します。 1963年に東映にアニメーターとして入社した駿氏は、数々のアニメを手がけた後、違う会社を転々とし、「アルプスの少女ハイジ」、「未来少年コナン」、「風の谷のナウシカ」などの日本人なら必ず耳にしたことがあるであろう大ヒットアニメを生み出しました。
駿氏が世界的にも有名なアニメ会社、「スタジオジブリ」を創立するのはその後のこととなります。

引用元-アニメーションの歴史

日本アニメの歴史の夜明け

日本の国産アニメーションは1917年に、フランスや米国の短編アニメを参考に、試行錯誤の描画や切り抜きアニメの手法で制作された。サイレント映画時代だったが「日本の漫画映画もなかなかの出来」と話題になった。しかし、洋画アニメと比べると制作費が高く、後にはディズニーの短編などの人気に押されて苦戦を強いられた。
その間隙を埋めたのが公共機関などの広報・宣伝用のアニメ製作であった。こうして小規模ながら国産アニメの製作基盤が出来かけた矢先の1923年、関東大震災によって東京圏が壊滅的な被害を受け、ゼロからの再出発を強いられることとなった。
1929年にトーキー技術、1932年にはカラーフィルムが登場するなど相次ぐ技術革新の波に機敏な対応ができず、苦難の時代が続く。そんな中で第二世代ともいうべき大藤信郎が千代紙を切り張りした「千代紙アニメ」(『馬具田城の盗賊』)を発表して国際的評価を得た。日本のアニメを最初に世界に知らしめた最初の功労者として銘記されている。
他にも有望な作家たちが輩出したが、近づく戦争の足音に極度の物資不足、軍事一色体制になる。フィルムの入手さえままならない時代だった。そんな中で終戦直前に海軍製作の長編アニメ映画『桃太郎・海の神兵』が公開された。戦意高揚のためのプロパガンダ漫画映画であったが、日本のアニメ史上初の長編劇場用作品(モノクロ74分)であった。 

引用元-日本アニメ産業のたどった道 | nippon.com

日本のアニメ・カテゴリー別歴史

①ロボット・アニメ

日本の本格的なテレビアニメが『鉄腕アトム』だったことの意味は大きい。その後の日本特有のアニメ制作方法を方向付けただけでなく、「人気漫画のテレビアニメ化」という路線としも受け継がれた。さらに「心を持ったロボット」という印象的なキャラクターがその後の日本のアニメに与えた影響も大きい。もちろん日本のロボット・アニメでは『ガンダム』に代表されるような兵器としてのロボットも重要だが、いずれにせよ「ロボットが身近な存在」という設定は日本のアニメの特徴のひとつだ。

②スポ根アニメ

その代表作『巨人の星』は、たんにスポ根アニメにとどまらず、日本アニメのひとつの典型となった。それはまず「長期間の放映を通じて、ひとりの主人公の成長を描く『大河ドラマ』的なドラマ構成」という独自性だ。また少ない動画枚数で絵のクオリティーや動き方を工夫する演出方法を生み出したという点だ。スポ根アニメは『キャプテン翼』や『スラムダンク』などヨーロッパで知名度が高く、有名サッカー選手たちが翼の影響を大きく受けた話などは有名だが、いっぽうアメリカではスポ根アニメの人気は低調のようだ。

③魔法少女アニメ

海外では、女の子が「ヒーロー」となるアニメはきわめて少ないが、日本アニメでは女の子が「ヒーロー」として活躍する作品が多い。その中心となるジャンルが「魔法少女アニメ」である。欧米のキリスト教社会では、魔法を使う少女=魔女が伝統的に忌避される傾向があり、それだけ日本アニメの魔法少女ものが日本アニメの特徴のひとつとして際立つし、注目されるのかもしれない。

引用元-アニメのユニークさと日本の伝統(1) – クールジャパン★Cool Japan

日本のアニメの歴史を変えた「エヴァンゲリオン」

後のアニメへ大きな影響を与えた作品

庵野秀明監督、GAINAXの原作によるSFアニメ作品で、大災害“セカンドインパクト”後の世界である2015年を舞台に、巨大な人型兵器“エヴァンゲリオン”のパイロットとなった14歳の少年少女たちと、第3新東京市に襲来する謎の敵“使徒”との戦いを描いたSFアニメ作品です。

1995年10月4日から1996年3月27日にかけて全26話がテレビ東京系列で放送されました。当時の視聴率は非常に低かったですが、放送終了後に斬新なストーリーが物議を醸し賛否両論の議論を引き起こしました。1970年代の『宇宙戦艦ヤマト』、1980年代の『機動戦士ガンダム』と並び、後のアニメへ影響を与えた第三世代のアニメ作品でもあり、爆発的なアニメブームのきっかけとなりました。

また新聞や一般言論誌、思想誌、ワイドショー番組や報道ドキュメンタリー番組等、普段アニメを題材とすることは少ないメディアでも取り扱われ、宮台真司や宮崎哲弥、東浩紀などの評論家によって社会的影響力の検証が行われました。2006年には文化庁メディア芸術祭の10周年記念企画として行われたアンケート企画“日本のメディア芸術100選”のアニメーション部門で第1位に選出される等の社会現象を起こしました。

引用元-日本アニメの歴史を変えた『エヴァンゲリオン』の登場人物|PUUL(プウル)

日本のアニメが世界の歴史を切り開いた原点は手塚治虫

改編された日本アニメのアメリカ版が世界各国に再輸出されて好評を得たことにより、間接的ではありますが、日本アニメが世界中から注目されるようになり、後にアメリカ以外の国にアニメを輸出する際の足がかりになったのも確かです。

実際に現在、漫画の販売部数は毎月4500万部を超え、アニメも世界で放映されているものの60%は日本で制作されたものなのだそうです。

ここまで日本の漫画やアニメが発展したのは、“手塚治虫”の存在があったからだと言われています。
1942年になるとアニメの手法は戦時下の日本にも輸出され、当時の軍部は勇敢な海兵を主人公にした長編アニメーション映画を漫画家に制作させて国民の士気を高めようとしたようですが、このことが当時16歳だった“手塚治虫”にも大きな影響を与え、日本初のテレビ放映アニメ『鉄腕アトム』などの大作を次から次へと創りだす起爆剤となったのではないでしょうか。

ちなみに、“手塚治虫”は漫画家としての才能だけでなく医者の資格ももっていたわけですが、『鉄腕アトム』に描かれていた未来社会が次々と現実のものとなって行ったのを見ても、彼の才能の奥深さに驚かされます。

引用元-世界的レベルの日本アニメ – アニメの歴史

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